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岐阜・福井旅行 その5 [旅関係]

前日は福井に泊まって5日目。
福井県立恐竜博物館の入り口前にいらっしゃる恐竜博士(そのまんまじゃんと突っ込まないように。名札にそう書いてあるから「きょうりゅう ひろし」さんかもしれない)
サイトはこちらね。 http://www.dinosaur.pref.fukui.jp/
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入って長いエスカレーターを下り、通路を進むと
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リアルに動くティラノザウルスがお出迎え。
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自分でも動画を撮ったのだが、うまく上げられないので他の方の動画をご覧下さいませ。
 http://www.youtube.com/watch?v=0_WhnyoPZI4
私が行ったときは平日で天気も悪かったのでガラ空きだったので、ティラノの咆吼が館内にいい感じに響いていた。
怯えて「もう先に行かない〜!」としゃがみ込む子どもを宥めるパパとママ、ご苦労様。
↓この骨格は複製。
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↓今年の3月に完成したというカマラサウルスくんは9割以上が実物化石だそうだ。
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館内はこんな感じ。
ドームなので恐竜の咆吼も子どもの泣き声もおばさんたちの笑い声もエコーがかかって響き渡る。
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フクイラプトル・キタダニエンシス。
福井は日本で一番恐竜の化石が発掘されているのよね。
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ここ数日、お昼はおそばだったのだけど、今日は館内のお店でソースかつ丼。
ご当地グルメのボルガライスを頼もうかと思ったのだが、食べきれる自信がないのでやめました。
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博物館を出た後、「平泉寺白山神社」の標識を見て行ってみるか…と運転していたら、どこかで間違えたらしくえらい山の中をドライブしてしまった。
前知識もなく行った訳だが、良い意味で予想外だった。
一の鳥居(たぶん)の奥行きを見て、これは期待できるかも…と参道を進むと
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京都の苔寺か三千院かと思いましたよ。
正面に見えるのは拝殿。
本殿はさらにその奥。
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拝殿から振り返ると二の鳥居(たぶん)
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境内は静まりかえり、久しぶりのご飯!と喜んでいるらしい蚊が飛び回る音しか聞こえない。
パワースポットとかスピリチュアルスポットとかいう言葉は好きじゃないけど、神域というに相応しい。
あとで調べたら、越前における白山禅定道の登拝口だったのね。
立派なはずだ。
蚊がすごかったけど。
案内のサイトはこちら→ http://www.city.katsuyama.fukui.jp/heisenji/

夜はKまた先生と落ち合って、お薦めのお店に。
何もかも美味しかったけど、熱々のイカとイカキモバターのコロッケがすばらしく旨かった。
また行きたいな。
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岐阜・福井旅行 その4 [旅関係]

翌日の郡上八幡城からの眺め。
趣があるとも言える…。
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お城はこの様な所↓に建てられているので、晴れていれば城下を一望の下に見渡せたのだけど。
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その日は1日中雨模様。
そういえば、前回同じルートで福井を目指したときも雨じゃなかったっけ?
郡上八幡から国道を北上し、ちょっと入ったところにある「古今伝授の里 やまと」は温泉もある、いい感じの道の駅でお気に入り。 http://www.gujo-tv.ne.jp/~kuturogi/index.htm
片手に塩麹アイス、片手でスマホで写真を撮ったら後ろにピントが合ってしまった。
とても美味しくて他のも食べてみたかったけど、とにかく寒かったので次の機会にね。n_131104_n5.jpg
さて、長良川を横目に越前街道を北上、九頭竜湖経由で福井に向かう。
九頭竜線九頭竜湖駅前のティラノ親子は元気だった。
15分おきに動いて「泣く」 そう書いてあったんだが、誤植だよね。n_131104_n2.jpg
駅のすぐ裏にある「青葉の笛資料館」前の悪源太義平とみつの像も雨に濡れている。
相変わらず全く人気がない。
「にんき」じゃありませんよ!「ひとけ」ですよ!
前から思っていたのだが、この像を造った方は初めは義平とみつをちゃんと向かい合わせていたのではないかしら。
だって、今の向きだと二人の視線は交わらないし、その手の位置ではちゃんと笛を受け取れないでしょう。
像を設置するにあたり、顔が見えるように位置を変えたのかな。
本来なら見つめ合っているはずなのに、なんだかかわいそう…そんな気になる二人なのだった。
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後ろから見てもなんだか不自然。
向こうに見えるSLは昔九頭竜線を走っていたものか。
今は長野で頑張っている先代の愛車、ファンカーゴも写ってる。
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前に来たときも感じたのだが、飛騨地方をまわっているとあちらこちらに義平の影がちらちら見え、それがその土地の人たちが彼のことを伝え続け未だに忘れていないからなのだと実に嬉しかった。
史跡などが残っていなくても、実際その場所に行くことは歴史に関わる作品を描くのにとても大事だと思う。
今の鎌倉は源頼朝の鎌倉であって、その父義朝や長兄義平がいた頃の鎌倉と全く別のものになっているだろうし、彼等の気配というか、風を感じるには無理があった。
彼等の存在を身近に感じることもなかった。
だから前回も今回もめいっぱい義平を補充することができて幸せだわ。
返す返す残念なのは、この旅行が『すっくと狐〜悪源太』を描いている時期にできなかったということ。
もし描く前に取材できていたら岩陰遺跡や祖師野も出したのになあ。
前轍を踏まないように、いま連載している芭蕉の話はがんがん取材に行くよ。

福井の古刹、永平寺は吉川家の宗派である曹洞宗の大本山
でも私がお詣りしたいと思ったのは、30年ぐらい前のNHKの永平寺の特集番組で、冬の雪深い永平寺で修行するお坊さんたちを視たからだった。
いいの、煩悩にまみれていても、そのおかげで今がある!
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山あいに建つ伽藍はそれは美しい。
下の写真は仏殿。
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雲水の説明を聞いた後、30年前の番組で修行僧たちが磨いていた長い回廊を粛々と進む。
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↓一番高いところにある法堂(はっとう)は一般の寺院の本堂にあたる。n_131104_n10.jpg
上から見るとこんなです。
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修行僧以外は写真撮影OK。
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↓大時化の時に道元さんを助けたという一葉観音様。
顔つきも体つきも凛々しくていらっしゃる。
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永平寺は雪のため瓦の傷みが早く毎年多くの瓦を取り替えねばならないので、参拝客に修復のための志納金をお願いしている。
下のかわいいお数珠は瓦志納の記念品。
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自分のお数珠を引っ越しの時に行方不明にしたままなので、本山でお数珠を購入するというのも今回の目的のひとつだった。
水晶と珊瑚のにしました。

永平寺町の観光ガイドはこちら→ http://www.town.eiheiji.lg.jp/guide/


岐阜・福井旅行 その3 [旅関係]

間が空いてしまったけど、6月から7月にいった旅行写真と忘備録。

岐阜県の和良にある戸隠神社。
明治7年に戸隠神社になる前は九頭宮と呼ばれたそうだ。
郡上踊りの『かわさき』の歌詞の中に『祭り見るなら祖師野の宮よ 人を見るなら九頭の宮(くずのみや)』と歌われるから、祭りの時にはさぞ人が集まるのだろう。
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↓左は本殿、右は高天原の岩戸のかけらといわれる重ね岩。
そんなわけで主祭神は手力男之命。
ちなみに手力男が投げ飛ばした天岩戸が長野の戸隠山であるとされていて、その戸隠神社奥社の祭神も手力男之命なんだな。
境内には他にも大きな岩がゴロゴロある。
前日行った岩陰遺跡といい、このあたりは巨石が多いね。
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近くの念興寺には鬼の首があるらしいが、拝観は週末のみということでした。残念。

和良から郡上八幡へ。 http://www.gujohachiman.com/kanko/
お宿の部屋から見た旧役場とまさに清流な吉田川。
鮎を釣っている人たちがずいぶんいたわ。
郡上八幡はいままで何回か通り過ぎただけだったので、1泊してじっくり回る。
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お宿のすぐ近くの、岩の上にある白龍稲荷。
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↓町名の由来となった旗本の守護お稲荷さん。
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ここにもお稲荷さん。
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いがわこみち
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やなかこみち
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夕暮れの水の町。
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旧庁舎記念会館兼観光案内所。
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↓町の名所や店の前にはこのように名前入りのランプが置かれていて、夜はとてもいい感じだ。
連歌師宗祇がこの湧き水のほとりに庵を結んでいたことから名前がついたという宗祇水、別名白雲水は名水百選の名誉ある第一号。
源流は白山だそうだ。
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崖に掘られた祠に鎮座ますのは神農薬師。
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公衆トイレも趣がある。
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昼間は結構賑やかだった町も、夜になるとぱったりと人通りが途絶える。
前から歩いて来た人が会釈するので、どなた?と思ったら、昼間にお土産を買ったお店の方でした。

食品サンプル発祥の町、郡上八幡の製品は今も全国生産の7割を占めているとか。
制作体験ができるところもいくつかある。
見ているだけで面白い。
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鮭の焦げ目もミカンのスジもリアルだ。
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岐阜・福井旅行 その2 [旅関係]

岐阜福井旅行記2日目。
まず馬瀬川温泉にて日帰り入浴。
なんかもう貸し切り状態で温泉を堪能してきたよ。
露天風呂に入るのがつらいぐらい良い天気だった。
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南飛騨、馬瀬川温泉「美輝の里」のサイトはこちら。 http://www.mikinosato.co.jp/

↓途中にあった八幡様。
手入れが行き届き、大事にされているのがよくわかる。
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次に向かったのが金山の岩屋岩陰遺跡 http://www.gero-navi.jp/spot_186.html
「岐阜の萩原、馬瀬、金山、祖師野。このあたりには義平の伝説がたくさん残っているようです。「すっくと狐」の連載中にこのことを知っていれば…という話がいくつかあって、なんか悔しい」と7月のツイッターに書いている。
「妙見神社」と掘られた碑に石段に鳥居、と来れば奥にはお社が…と誰でも思うよね。
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ところが、登っていくと目に飛び込んでくるのは巨石群。
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かなり大きい。
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このあたりにだけどうしてこんな巨石がごろごろしているのか不思議。
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こちらは祖師野八幡宮。 http://www.gero-navi.jp/spot_53.html
想像していた以上にりっぱなお宮だった。
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平治の乱で平家方に敗れた義平が祖師野村へやって来たおり、娘を狒々の生け贄にするという話を聞いて、先ほどの岩屋岩蔭遺跡に狒々を追い詰め退治したと伝えられている。
村人は義平に村に残るよう頼んだが、義平は愛刀(祖師野丸)を村人に与えて京に向かったという。
祖師野八幡宮は、恩義のある源氏の再興と武運を願い、源氏の氏神である鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮の分霊を迎えたものだと云われている。
境内社に妙見神社があるんだけど、もともとは「岩屋岩陰遺跡」にあったものがダム建設に伴い、こちらに移されたらしい。
妙見さんは星の信仰と同時に鉱物の産地に多くみられるから、たたらと関係があったと云われているのね。
武士達にとっては馬同様に大事な鉄。
そう考えていくと、飛騨に義平の足跡が多く残っているのはきっと偶然ではないのでしょう。
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祖師野丸は藤巻の太刀で、伝伯耆安綱の作だと伝えられている。
写真でしか見たことないけど、骨太な感じの太刀だった。
刀身は見事にさびていて、以前研ぎに出したのだが一寸研ぐのに10数万かかるうえ、刀身の錆と腐食がひどいのできっちり研いだら太刀が痩せちゃう…ということで先端10センチぐらいだけ研いだらしい。
刀身の反りは浅くて、柄からきゅっと曲がっている。腰反りってヤツ?
生で見てみたいものです。

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下呂温泉のお宿に戻ってきたら、岩陰遺跡で会ったご夫婦とばったり。
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この美青年な林羅山先生は江戸時代の儒学者で、下呂温泉を有馬、草津と並ぶ「天下の三名泉」としたお方
ちゃんと手ぬぐい持ってるし、猿は湯おけ持ってるし、みんなで入る気満々だ。
楽しげな羅山先生ご一行に比べると、向かいに座っているチャップリンはなんだかずいぶん寂しげだ。
下呂温泉になぜチャップリンなのかはよくわからない。
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歩いていると土産物屋の店先で大黒さんのコスプレをした巨大さるぼぼに遭遇。
飛騨だからさるぼぼだらけなのはわかるが、七福神と合体とは景気が良い。
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他の福神もあちこちにいらっしゃった。
そして神社まであった。 http://www.gero-spa.co.jp/m27/
こんど下呂温泉に行ったら さるぼぼ喫茶にいってみよう。
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ちなみに下呂温泉の泉質はアルカリ性単純温泉。
とても柔らかいお湯で、最近行った温泉の中では一番と言っていいほど気に入ってます。

岐阜・福井旅行 その1 [旅関係]

6月末に1年半前とほぼ同じルートで取材旅行決行。
長野の妹宅に1泊し、松本から飛騨方面に抜けて下呂温泉に、下呂から今回は金山あたりをじっくり攻めて郡上八幡で泊まり、そこから北上して九頭竜湖を通って福井に、そして帰りは小松に寄ってから妹宅に戻るというルートだった。
旅行の数日前にスマホに変えたばかり、そして9年頑張ってくれたトヨタのファンカーゴの最後の長距離ドライブになる予定。
慣れない手つきで横川のSAを撮ってみるが、いい感じだ。
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松本から安房トンネルを抜け、下呂温泉に向かう。
その途中にある、頼朝のお兄ちゃん源義平が鎌倉の鶴岡八幡宮の祭神を勧請したという久津八幡宮に再び参拝する。
案内はこちら。 http://www.gero-navi.jp/spot_47.html
前回来たときは拝殿が修復中だったけれど、今回はご覧の通りきれいになってます。
こんなにステキな宝物があるのよ!という看板も設置されている。n_131014_n1.jpg
飛騨だけに円空仏の表示を到るところで見る気がする。
由緒記も上げておく。
横長で全部表示しきれていないので、全体を見るには写真をクリックしてください。n_131014_n2.jpg
鳥居のすぐ外は高山本線の踏切。
珍しいよね。
狛犬も何となく戸惑っているように見える。
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下呂温泉には2泊した。
以前に来たときに気に入った、2食ともバイキングの格安お宿。
バイキングだからって侮れんのですよ。
焼きたてのアップルパイとかが出てくるし。
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パイの横に生クリームを乗せてくれようとしたのを断り、勝手にオレンジとバニラのアイストッピング
生クリームより絶対おいしい!
ここのバイキングは数種類のアイスの他にソフトクリームまである。
できたてのわらび餅も、もちろんいただく。
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明日のデザートはお汁粉にアイスを放り込む予定。

とりあえず1日目終了。


今頃だけど [旅関係]

6月にT先生、S先生とほぼ恒例の東北旅行に行ってきたので、その時の写真をアップ。
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ちょっと寄った蔵王坊平高原スキー場のナナカマドの大木。
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蔵王刈田岳山頂の刈田嶺神社奥宮。
遠刈田温泉にある刈田嶺神社は里宮というらしい。
夏と冬で季節遷座する。
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↓1758mの山頂から見た御釜。
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火口湖で、五色沼とも呼ばれている。
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雪がけっこう残っていたな。
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岩影にハクサンチドリ発見。
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イワカガミにとまるキアゲハ。風が強くてぶれている。
こんな高い所によく飛んできたな。
この日は蔵王温泉泊。

翌日は山形自動車道を日本海に向かって走る。
お昼は月山筍づくしのそば。
前に来たときも、このお店で食べたっけ。
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湯殿山大日坊山門。
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湯殿山総本寺 大日坊瀧水寺には96歳で即身物となった真如海上人がいらっしゃる。
開基は空海。
昔は大きな伽藍があり、東北関東一円の信仰を集めていたそうだ。
すばらしくハンサムな77歳のご住職が詳しく説明して下さった。
姪の眼が良くなるようにと、上人の御衣が入ったお守りを購入。
このお寺にはすごい数の仏像神像が奉られているのだけど、下半身が龍で剣を飲み込もうとしている波分大聖不動明王と、巨大な大黒天が気に入っています。

2日目は鶴岡の湯野浜温泉泊。
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浜辺で戯れるT先生とS先生。
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翌日は加茂水族館に寄る。
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クラゲ展示種類数世界一!
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2014年夏には水族館を舞台にした『くらげとあの娘』という映画が公開されるらしい。
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現在の水族館の営業は今年11月までで来年6月にリニューアルオープンというから、新しくなったらまた行ってみたいな。

以下、レスです。

続きはこちら


榛名山あたり [旅関係]

これが4月半ばに泊まった伊香保温泉のお宿。
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いろいろ修復中。
翌日は榛名山頂から榛名神社を詣で、やはりネットで「見ごろでっせ」となっていた妙義山の「さくらの里」を回ろうと思っていた。
伊香保からぐいっと上がって気持ちの良い高原の一直線の道路を突っ切ると榛名湖なわけだが、ものすごい強風で榛名山頂へのロープウェイは運行中止。
榛名湖のあたりは桜どころか枯れ葉が舞っていた。
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写真を繋げたので悲しいことに。
クリックすると榛名富士がちゃんと収まった横長のパノラマがみられます。
波がザブザブ打ち寄せる榛名湖を後に、南に下ると榛名神社がある。
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鳥居と随神門だけ見ると普通の神社っぽい。
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由緒あるお宮です。
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門の横に立っている毘沙門天。
境内には七福神がいらっしゃる。
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修復中の三重塔と鳥居。
神社の塔?と思ったが、神仏習合の名残で群馬県で唯一の塔だとか。
その近くにはこのような塚が。
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東京ブラシ講!
ハケやブラシの供養のためなのね。
更に進むと神橋がかかり、スリリングな岩が見える。
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神橋の手前には落石防護の屋根があるので、多いのでしょうね。
橋の上から山を見上げると
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こんなですよ。
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巨大な岩に屋根の形の切り込みと、戸でふさいだ洞窟らしきものもある。
榛名神社にお詣りするのは初めてだったのだが、本殿にたどり着く前から、いままでお詣りした神社の中で5本の指に入るぐらい好きかも…と思い始めている。
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御水屋と瓶子(みすず)滝。
右の切れてしまっている木は樹齢千年といわれる矢立杉。
武田信玄が戦勝祈願に矢を立てたと伝えられている。
御水屋からちょっと上がると神幸殿。
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更に上がると双龍門が見える。
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いいでしょう?すごいでしょう?
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美しい門です。
更に上ると神楽殿、その横に天狗様がいらっしゃる。
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これが本殿。
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左後ろに見える岩は御姿岩といって、そこに掘った洞窟にご神体をお祀りしてあるのだとか。
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本殿の隣にある額殿。
奥の天狗の面が睨みをきかせている。
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年委の入った鋸は大正9年に栃木県と長野県の講の方たちが奉納したようだ。
帰り道、参道の横をふと見ると秋葉神社の鳥居がある。
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秋葉神社も火伏せの神様だよね。
榛名神社は火の神様、土の神様を祀るので、土木、電力、電気、通信機器、陶器、焼き物の関係者の守護神でもあるらしい。
ハケとブラシ関係者も。
やたら写真をあげてしまったが、それぐらい愛してしまったということで。
所沢ICから渋川まで1時間ぐらいだし、近いうちにまた行くよ。

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誰か遊んでくれ!な門前のわんこ。


伊香保あたり [旅関係]

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またまた遅い報告だけど、4月半ばに伊香保温泉にいった。
なぜ伊香保になったかというと、伊香保グリーン牧場の桜がまだ見頃だとネットで見たから。
閉園1時間前に着いたので場内は閑散としていたけど、写真の通りいい感じだった。n_130428_n2.jpg
ぼーっと馬を見て
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ぼーっと羊とヤギを見てきた。
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1頭だけやたらアクティブな子がいた。

伊香保温泉は久しぶり。
以前は石段の途中のお宿に泊まったが、今回はここ。 http://www.pinon.co.jp/
風呂も部屋も小さいが、近くの「松本楼」の別館にあたるのでそちらのお風呂に無料で入れるのが嬉しい。
宿泊料金はリーズナブルだけどご飯がとても美味しい
前菜。
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料理
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口直しは取り忘れたけど青梅のグラニテ。
肉料理
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デザート
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ご飯と味噌汁も漬け物が付きます。
それをお箸でいただくの。
パンとスープに代えることもできる。
ワイン1杯がサービスで、一人で泊まって1泊2食つき9000円弱。
また行こうと思います。

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湯桶、手ぬぐい、湯の花まんじゅう、石段が合体した伊香保のゆるキャラ。
名はまだないらしい。

盛岡・八幡平 涙のその2 [旅関係]

その2なんだけど…、さっきあげようとしたら書くのに結構時間がかかった記事が消えた…。
あまり長時間かけていると、アップしてくれないらしい。
確かに席を離れたりしていたけどさ。
あれをもう一度書くのか?もう一度あれこれ調べなきゃいかんのか?
思い出してみるけど、同じ物は無理だよなあ。

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3日目朝、部屋からの眺め。
帰りたくねーなーと送迎バスに乗り込み盛岡駅へ。
4時間ほど待ち時間があるので盛岡八幡宮にお詣りに行こうと思ったら、迷った。
なんとなくわかるだろうと思って地図ガイドも買ってません。すみません。
代わりというのではないが、盛岡城跡公園の一角にある桜山神社に詣でて、これが初詣だと気がついた。
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本殿右の階段を上るとn_130308_3.jpg
稲荷社と烏帽子岩がある。
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社務所では『ジョジョの奇妙な冒険』のワムウさんがお出迎え。
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トラ柄パンツをはいているところを見ると、節分で鬼の役を務めたらしい。
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岩手公園あるいは盛岡城跡公園では、全く人に会わなかった。
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趣のある旧岩手銀行。
銀行の営業時間内であれば中を見学できます。
盛岡駅近くの、宮澤賢治の『注文の多い料理店』を発刊した光原社にいったらお休みでガックリ。
工芸品と民芸品見てコーヒー飲んでゆっくりしようと思ったのに。
光原社は今は出版社ではなく観光スポットだ。
近くにはご本人もいらっしゃる。
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他にもいろいろ彫像があるが、雪に埋もれていたよ。

盛岡駅構内にはお雛様が飾ってあった。
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由緒ありそうですね。
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以前来たときに目に付いた新幹線トレインジャーのポスターやポップはなく煎ベイジャーが幅をきかせていたので、解散しちゃったのかしらと心配になり調べてみたら、仲間を増やして頑張っていた。
良かった良かった。 http://www.jr-morioka.com/trainger/
はやぶさ翔くん、なかなかかっこいいけど得意技の「じょんがらツープラトン・カウンター」は青森でしか通用しなさそうだなあ。
一番新しいメンバーは東北新幹線の一番初めの「200系やまびこ」モチーフのやまびこハジメさん、59歳…だそうだ。
応援しないわけにいかないでしょう、これは。


盛岡・八幡平 その1 [旅関係]

いつものことだけど、いきなり思い立って3日後にペパーミントグリーンの新幹線はやぶさに乗って盛岡に向かったのが2月13日。
車内の雑誌鎌倉特集なのでいただいてくる。(持ち帰りOK)
大宮から盛岡まで2時間で着いちゃうなんて、東北をよくうろついていた20代には想像も出来なかったなあ。
たしか特急で6時間以上かかったはず。
当時の盛岡の名物はわんこそばで、冷麺は全くといっていいほど見かけなかった。
で、お昼は盛岡冷麺。
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駅からホテルまで無料の送迎バスがあるのでありがたい。
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八幡平ロイヤルホテルの駐車場に車は3台。ショップは閉まっていた。
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翌日の朝。
岩手山の裾がちょっとだけ見える。
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部屋から見て右は西。ちょっと晴れてきた。
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残念ながら山頂は見えない。
上空は晴れているけど雪が降っていた。
どこからか飛ばされてくるのだろう。
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車の数がだいぶ増えている。
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フラッシュを焚いて撮ってみた。

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温水プールもあるけれど、この時期は使用できない様子。
それとも、言えば使わせてくれるのかな。
外は雪明かりで妙に明るい。
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浴場の更衣室に貼ってある入浴時の注意はヤマザキマリさんの『テルマエ・ロマエ』。
無表情で無礼なルシウス……。

2日目の夕食は洋食をチョイス。
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魚と肉、どちらもとても美味しかった。
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数年前はコーヒーが不味い、というか保温しっぱなしで酸化してたし、パンにはバターでなくマーガリンがついていたので暴れかけたわ。
ホテルの食事としては譲れんところだろう。
今回はちゃんとバターがつき、コーヒーは入れ立てをサーブしてくれた。ああよかった。
さらに!レストランのスタッフがすべて男!すべておじさん
しかも!レストランの客は私一人!貸し切り!
おじさん一人占め!
満ち足りた夕食であった。
前の日より客は多いと聞いたのに、何故一人もいなかったのかな。
前の日は私以外に2人いたよ。
私が食べに行ったのは7時だったけど、みんなもっと早い時間に食べちゃったということかしら。
あ、前の日は和食をチョイスしたんだけど写真撮りませんでした。

その2に続く。


なにやら周回遅れの旅行ネタですが(その2) [旅関係]

10月半ばの関西旅行の続き。

実はこの旅行の一番の目的は温泉ではなく、USJのハロウィーンホラーナイトだったんだ。
『バイオハザード』キャラがうろつく危ない町を満喫したかったんだ。
でも「220分待ち」と聞いてさくっと諦めた。
すごくすごく行きたかったけれど、それ以上に4時間近く待つのはいやだったんだ。
そのかわり、というわけでもないけれど平野区の昭和の匂い溢れる商店街をぶらつき、全興寺で閻魔様にご挨拶し、大阪城近くの歴史博物館を満喫してきた。
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商店街にはこのように古い建物も残っている。
全興寺の地獄堂はなんだか微笑ましくもあったけれど、子どもには効果抜群な気がする。
何かを畏れる気持ちは大きすぎると弊害が出るけど、大事だと思う。
大阪歴史博物館も面白かった。
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1/20の町並みがそれはもう楽しい。
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なんだか懐かしい物干し台。
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写真に写っていないけど、犬や猫もいる。
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火鉢で暖を取っているところを見ると、大正から昭和初期?
洋間に合わせて火鉢の台が高いのね。
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眺めも素晴らしい。
そういえば、大阪城って行ったことないや。

夜は梅田のパンケーキ屋に行ったのだが、これってどうかしら?なメニューがあった。
フレーバーティーが初めからシロップが入っていて、ものすごく甘い。
それ自体は美味しいんだけれど、甘いパンケーキを頼むのでわかっていたら注文しなかったわ。
フレーバーティーというと普通はガム入りを考えないよね。
せめてメニューにガムシロップ入りと書いておいてほしかった。
そしてストレートのアイスティーを頼んだ友達の所にはシロップ1つ付いてこなかったのも不思議。
店員さんたちは感じよかったんだけどね。
表参道の「エッグスンシングス」といい、かき氷の「ちもと」や「阿佐美冷蔵」といい、話題の人気店は行列覚悟で行かないとダメなんだな。
220分待ちとか言われたら、おばさんはさくっと諦めますが。


なにやら周回遅れの旅行ネタですが(その1) [旅関係]

10月半ばに友達と温泉に行ってきた。
前から乗ってみたかった、中央道経由の新宿大阪行き長距離バスはほぼ丸1日かかるけど安いし、なかなか快適。
時間があればまた利用したいな。
下の写真は八ヶ岳。
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岡山の湯原温泉の旅館だが、大阪から旅館前まで連れていってくれる往復バス代込み2食付きで9800円という超お値打ちもの。
1時過ぎには着いてしまったので、閑散とした温泉街をひたすら散歩。
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温泉街は湯原湖をせき止める湯原ダムのすぐ下にある。
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市役所支局は使われなくなった小学校を使っているようだ。
最近あまり目にすることのなくなった二宮金次郎だが、ほっかむりしているのは何故かしら。
はんざきセンターも興味深かった。
すぐ近くに鯢大明神の社がある。
鯢はさんしょううおと読むようだが、この場合は「はんざき大明神」。
初めて知りました。
旅館に戻り温泉に浸かっても夕食まではまだ時間があったので、7時までは無料というカラオケルームでひと歌い。
考えてみるとお宿でカラオケやったのって初めてだわ。

翌日の帰りのバスが4時ぐらいなので、旅館で申し込めるやはりお安いバスツアーで蒜山高原へ。
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お天気はいまいち。
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ひるぜんワイナリーには謎のカバと
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バッタがいた。
お宿に帰ってきたのがやはり1時過ぎ。
荷物をフロントに預けてまた温泉に入り、またカラオケでバスの出発時間まで時間を潰す。
時間をもてあまし気味なのは私たちだけではないようで、気がついたらロビーは大阪までのバス利用者でなんとなく混雑していた。
「ちょっと早いですけど、みなさまお集まりのようですので出発いたします」とバスが出たのは定刻の1時間以上前だった。
旅館専用の送迎は融通が利いてありがたいね。


9月の長瀞 その2 [旅関係]

とにかく暑かったんだ。
宿で目が覚めたときから、昨日食べ損ねた阿佐美冷蔵のかき氷が大脳の周りをグルグル回っていたのだ。
長瀞から一駅離れた本店の開店は10時。
開店と同時に辿りつければ50人が列を成していることはないでしょう。平日だし。
というわけで、朝ご飯を食べて荷物を宿に預け、岩畳を散歩しつつ行って見ることにした。
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長瀞や秩父は小学生の頃から何度も来ているが、岩畳を歩くのは数十年ぶり。
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以前はこんなに木や草が茂ってなかったぞ。
茂っていてもいなくても、道なき道をうろつくのは面白い。
10時ちょっと過ぎに店にたどり着いたら数人が並んでいたけれど、すぐに入れた。
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元々は普通の民家で、そこでかき氷を出すようになってからドンドン客が増え、それに対応するべくテーブルを家の中でも庭先でも置けるところに置いて置いて置いていったので今のような不思議な空間になりました、という感じのお店である。
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これが本日のスペシャルメニュー。
やはりかき氷は冷房などが効いてないところで食べるのが美味いよね。
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お店のアイドル
人懐こいダックスくん。
帰り道は違うルートを辿ったのだが、みかんヨーグルトはあっという間に汗となって流れてしまった。
途中に前は竹林、両隣はどう見ても廃屋という素敵な環境で、日が暮れたらそれは素晴らしい雰囲気を保証します!な入居者募集中の小さいアパートがあった。
住んでいる人がいるのか気になるなあ。
さて、折角ここまで来たのだから、三峯神社にお詣りしてくるかと車を走らせ、途中の大滝温泉で汗まみれの体を洗っていたらバケツをひっくり返したような土砂降りに見舞われた。
道が川のようですがな。
くじけそうになる心と体を励ましつつ九十九折りの道をハンドルを切り続け、神社に着く頃はだいぶ小降りになっていた。
最近の日本の雨はイヤな降り方するよね。
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小さくてわかりにくいけど、右下の、杉の根本に手を当てている人が見えますか。
何人もが同じ事をしていて何をやっているのかと思ったら、ご神木の気をいただきましょうということらしい。
以前はそんな囲いも立て札もなかったけど、流行りのパワースポットなのね。
拝殿前の左右のご神木は鎌倉時代に畠山重忠が奉献したというから樹齢800年以上?
確かにパワーがありそうです。
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などと思いつつ、またもや貸し切り状態の小教院でコーヒーゼリーをいただき、帰る途中に
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また何ともいい感じの廃屋が。
これ、参道の横にあるんだよね。
昔は職員の宿舎にでも使われていたのかしら。
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これは三峯から降りてきた交差点にある民家。
赤信号で止まった真横に井戸があったので、車の中から取らせていただいた。
ここも廃屋?と一瞬思ったが、立派な犬小屋と犬がいた。
現役ですね、すみません。
ちょっと中を拝見したくなる民家だった。
古い家は凄みがあって何とも人を惹きつける。
住んだらメンテとか大変なのだろうけど。

以上、9月の秩父、長瀞旅行でした。

9月の長瀞 その1 [旅関係]

今頃だけど、9月に長瀞と秩父をうろついた時の写真をあっぷ。
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長瀞駅前旅館の部屋から見た荒川と岩畳。
手前は旅館の庭。
写真には写っていないが、右側に屋敷稲荷がある。
とにかく暑くて、かき氷!と阿佐美冷蔵登山道店にいったら、おっっっそろしくならんでいたので、ええもう5〜60人並んでいたのでサクッと諦め、その先の阿佐美冷蔵の氷を使っている店に入る。
いい感じのお店だった。
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ラ・フランスのかき氷も美味しかった。
天然氷のためか、細かくけずっているためか食べていて頭がキ〜ンと痛くならないのが嬉しいな。
「ちもと」も「もちの花」もそうだった。
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後で気がついたのだが、あのあたりのかき氷を出している店はほぼ100%阿佐美冷蔵の氷を使っているようで、同じ旗が下がっていた。
そのまま道を上がると宝登山神社。
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気持ちが良くて、しばし境内でぼ〜〜っと過ごす。
神社のちょっと奥に宝玉稲荷があるのだが、ここのお狐さまがちょっとかわいい。
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向かって右の狐は前足があがっているのね。
稲荷社から降りると玉泉寺の境内に出る。
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本堂を撮らずに門の脇の公衆便所(トイレというかんじじゃない)を撮ってすみません。
でもなんかいい雰囲気を醸し出していたもので。
トイレの次にこの写真というのもなんですが、旅館の夕食に出た鮎の塩焼きは美味しゅうございました。
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ちょっと洋風な丸茄子の田楽も旨かった。
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そして銀山温泉。 [旅関係]

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2泊目は山形県の銀山温泉。
NHKのドラマ『おしん』の舞台になったところ。
町並み自体は短いのだけれど、何とも言えない風情でうっとりだ。
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老舗の能登屋旅館。
右の巨大な鏝絵(こてえ)は創業者の名前だそうだ。
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四季の行事の鏝絵が楽しい古山閣。
街灯は本物のガス灯だとか。
カジカが実に賑やかしく鳴いているが、かえって物寂しい気持ちになったりする。
シーズンオフで今は閑散としていたけれど、夏休みは賑わうんだろうな。

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温泉街の奥にある白銀の滝。
私たちが泊まったのは温泉街よりちょっと上にある「滝見館」というお宿で、温泉街に行くには結構急な坂を下らなければならないのだけれど、名前の通り部屋や露天風呂から滝が見えるのね。
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すぐ近くまで下りられる。
今回は行かなかったのだが、ここから15分ぐらい歩くと銀鉱洞という史跡があって、銀の採掘場跡が見られるらしい。
時間があったら行ってみたかった。
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昼の温泉街。
ここで生活するのはけっこう大変なのだろうな。
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能登屋旅館の鏝絵「内湯あり」
富士山…。
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昼間もカジカが鳴きまくっていた。
カワガラスは動きが速くて、川に頭を突っ込んでいる写真以外は全部ぶれてます。

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銀山温泉から帰る途中の、雲が湧く山。
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ぐっと寄ってみる。

良い旅行だった。
泊まったお宿はどちらもスタッフがとても感じ良く、ご飯もおいしくて大満足。

松山センチュリーホテル」の夕飯は季節のお膳以外はビュッフェスタイルで、天ぷらと牛タンとステーキはその場で好きな物を揚げたり焼いたりしてくれる。
カボチャの芽の天ぷらを初めていただいた。
寿司、お総菜、笹カマ、牡蠣、デザート等々も好きなだけいただける。
自分が食べる量に合わせて取ってこられるので、このスタイルはとても良いと思うわ。
朝ご飯もビュッフェで、絞りたてのトマトジュースが旨かった。

「滝見館」は温泉街の奥の高台にあるんだけど、銀山温泉の中では比較的新しい旅館なのかな。
こちらも接客が非常にいい感じ。
夜は温泉街までバスで送迎してくれる。
夕食はとてもおいしかったけど、3人とも食べきれずこしあぶらご飯をお持ち帰りした。
ここに限らず、旅館の夕飯というのは絶対食べきれない量が出ますな。
女性や子ども向けの1、2品少ないバージョンがあればいいのに…といつも思う。
あ、それと最近は山の中の旅館でもすごく良い海の物の刺身が出るのよね。
赤身もホッキ貝もすごくおいしかった。
T先生が残した分まで食べちゃったよ。

大宮から仙台まで最短1時間15分で行くようになっても、東北旅行は2泊ではどうしても慌ただしい感じになってしまう。
1週間ぐらい車でだらだら回りたいものだ。
行けるとしたら、秋以降だな。
今から予定を組んでおきますか。


まずは松島 [旅関係]

先日、T先生とU先生と温泉に行ってきたので、先ず宮城県は松島の写真をだーっとあげてみる。
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松島の桟橋で船を待つのは人間だけではない。
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最初から最後までついて回るカモメたち。
ウミネコかもしれんが、カモメには違いない。
日本中どこでもカモメのエサはカッパえびせんと決まっているのかしら。
むかし、三陸でパンをあげた覚えがあるけど。
ご覧の通りかなり中まで飛び込んでえびせんをゲットする。
見ていると取れないヤツは全然取れない。
力関係が実にはっきりしている。
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一休み。
ウミネコかな、やっぱり。

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五大堂とすかし橋。

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松島水族館。
中には去年の地震と津波の後の写真も展示されている。
松島は他の沿岸の町に比べて被害が少なかったと言われている。
崩落した島もあるようだが、その島々が津波の勢いを弱め町を守ったのだろうと。
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このポーズが楽らしく、ぴくりとも動かないメガネカイマンくん。
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キュートなオオサンショウウオくん。
フラッシュを焚かなければ写真撮影OKなんだけど、イルカや魚たちは早すぎてブレブレ。
やっぱり水族館ていいなあ。

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観瀾亭、別名「月見の御殿」
「伊達政宗が豊臣秀吉から拝領した伏見桃山城の一棟で、江戸品川の藩邸に移築したものを二代藩主忠宗が松島に移したと伝えられている」そうだ。
お抹茶もいただける。
それにしても寒かった。
抹茶で暖を取るほどに。
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瑞巌寺は本堂が修復中だが、普段は未公開の庫裡を拝観できる。
写真は修行の場だったという参道脇の洞窟群。
修復中のお堂の写真を撮り損ねてるよ。

秩父の三峯神社にお詣りしてきたよ。 [旅関係]

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先日9日、埼玉県秩父の三峯神社にお詣りに行ったのだが、あいにくの天気で秩父湖を過ぎると雨が雪に変わった。
ちなみに秩父湖は標高800mぐらい、三峯神社は1100mほど。
三峯神社は日本武尊の東征の際に創建されたといわれ、祭神は伊弉諾尊と伊弉册尊なのね。
三峯、と名前をつけたのは日本武尊のパパの景行天皇だそうだ。
江戸時代には関東東北信州などで三峯講が組織され隆盛を極めたそうだが、ここまで登ってくるのはさぞ大変だったろうな。
上の写真は珍しい三ツ鳥居。
ここ以外では大神神社にあるのだけれど、禁足地に建っているので直接見られないのですって。
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狛犬は狼。
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手水舎はけっこう新しい?
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本殿は、この拝殿の奥。
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随身門も修復されたばかりという感じ。
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随身門から奥宮の遥拝殿方面を眺める。
雪はどんどんひどくなる。
境内も、興雲閣の温泉「三峯神の湯」もコーヒーハウス「小教院」も貸し切り状態だった。
空いている時期だし、だいたいこんな天気の日にお詣りに来ようなどという物好きはそうはいないのだ。
バスか車しか交通手段がないのに、バスは平日だと1日に3本ですし。
でもね、大好きなのですよ、三峯神社。
4月になったら長瀞の桜を見て川下りもして、またお詣りしよう。

三峯神社のHPはこちら http://www.mitsuminejinja.or.jp/index.htm


岐阜・福井旅行 その4 [旅関係]

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福井でKまた先生と別れ、海沿いに北上して暗くなるころ片山津温泉に到着したが、お宿が見つからずたいして広くもない温泉街をグルグル回ってしまったよ。
これがまたすごく大きな旅館で中でも迷子になりかける。
後で知ったのだが、この片山津温泉には先日のブログに書いた湯快リゾートグループの、なんと女性専用旅館がある。
気になりません?女性専用!
そのうち泊まってみたいものだわ。
写真は片山津温泉「佳水郷」の晩ご飯。
加賀らしく、カニがどっか〜ん!と出た。
そしてやはり全部食べきれないのが悲しいのう。

翌日長野の妹宅へ戻って1泊し、帰ってきた。
帰りに寄った寄居PAがえらく様変わりしていて驚いた。
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星の王子PA!
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まじめな点灯夫の街灯や
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実業家の家も、いや星もある。
王子さま像もあったのだけど、撮影に失敗。
最近SAもPAも頑張ってそれぞれの個性を出そうとしているな。

今回は悪源太義平がよく出没していたらしい飛騨から福井にかけてを「彼の足跡をなぞる」的にうろついてみたのだが、車などなかった時代、道も整備されていない時代、いや、このあたりに道自体があったかどうか怪しい時代、それでも人々はけっこう頻繁に、ごく当たり前のように移動していたのだということに驚いている。
だって、車で行ったってすごい峠なのよ、白鳥から九頭竜湖を通り福井に抜ける道!
日本には至る所にそんな峠越えの難所があったのよね。
歩行であろうと馬に乗ろうとハードなことには変わりない。
当時の馬が、小さくてずんぐりしていてアラブ系のようにスピードは出なくとも、いかに足腰が強かったかよくわかる。
義経の鵯越の逆落としも当時の馬ならいけるのだろう。
畠山重忠も馬が小さかったら背負って坂を駆け下りられるかもしれない。
馬が大人しく背負われているかはわからないけど。
当時の軍馬は陸奥産で気が荒いほど良い馬とされていたらしいぞ。
戦の時は他の馬に気圧されるなんて以ての外、相手をどついて噛みつくような猛獣が良い馬だったわけですね。
ラオウの黒王を連想したあなたはおともだち

5泊(うち2泊は妹宅)の実りの多い旅行だった。
岐阜、福井のルートは非常に気に入ったので、機会があったらまた行くぞ。

岐阜・福井旅行 その3 [旅関係]

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上の写真福井市内で泊まったお宿の向かいにある毛谷黒龍神社。
「けやくろたつじんじゃ」と読む。
最近パワースポットとかでめきめき人気らしい。
あ、これは昨年の10月に旅行したときの話です。
福井で同業者KまたKみこ先生と合流し、いろいろ案内していただいた。
福井には何度か来たことがあるが、いつもなんとなく通り過ぎていたので「足羽」の読み方も知らなかった。
あしは、ではなく あすわ である。
自分の作中で思い切り間違ったルビをつけちまってすみません。
斎藤実盛さんちはこの辺かしら(「すっくと狐」ではそういうことになってますので)
足羽神社近くのお宅の昔懐かしいゴミ箱なんかを撮ってみる。
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趣がありますわね。

翌日はKまたさんと三国港へ。
1995年の阪神淡路大震災の翌日のこと、電車が動かなくて福井から帰れない うぐいすみつると私は呆然と東尋坊に佇んでいたものだった。
震災の前日にたこ焼きのタコにあたっていた私はへろへろ、同じものを食べたけど難を逃れたみっちんは腹は下さなかったが風邪を拾ってしまい、やはりへろへろだったっけ。
冬の寒々しい海しか記憶にない三国だが、ゆっくり歩くと見所がいっぱいだ。
重厚な旧森田銀行とか
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三国独特の「かぐら建て」という建築様式の商家、岸名家とか
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美味しいお店も教えていただき、取材とは名ばかりの観光になった気がするけどいいの。収穫は多かったから。
越前そばも
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海鮮丼も
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とてもとてもおいしかった。
ありがとう、Kまた先生!
またよろしく!


岐阜・福井旅行 その2 [旅関係]

久津八幡宮から下呂温泉は10キロぐらいかな?
下呂温泉は何故かいままで素通りしていたけど、今度こそと予約したのが「湯快リゾート下呂彩朝楽別館」2食つき6800円。
この湯快リゾートというグループはほとんどのお宿が2食ともバイキングで低料金。
旅館の夕食が多すぎる人間にとってはバイキングはありがたいのね。
地元の美味しい料理は嬉しいけれども毎日あの量を出されると年寄りはつらいので、一人で旅行するときは朝食のみとか2食ともバイキングの宿の合間に、ご馳走がどーんと出る宿をチョイスするようにしている。
といっても、行く場所によっては選択の余地がなかったりするけれどね。
当然ハズレもある。
以前、同じようなシステムで違うグループのお宿に泊まったら、品数が少なく全部冷凍で冷めていて固くなっている料理と対照的にやたら種類の多いデザートというトホホなバイキングにあたったことがあるが、湯快リゾートのは種類は多いしとても楽しくていいわ。
夕飯は大根と牛筋の煮込み、鰤の竜田揚げ、茄子の天ぷら、ゆで野菜、もずく酢に塩辛、鰯の黒酢漬け、刺身、栗のプリンにワラビ餠とコーヒー。
朝ごはんは秋刀魚の開き、だし巻き卵、納豆、小松菜のおひたし、オクラと湯葉の和え物、湯豆腐、コーンポタージュ、焼きたてクロワッサン、ご飯ふた口、コーヒーとぜんざいをいただいた。
おっと、下呂温泉もすごく良いよ!
年とともにお肌のアレルギーがぶり返し、草津とかのちょっときつい硫黄泉は肌に合わなくなってきているのだが、下呂はとても柔らかくていい感じだわ。
お伊勢さんに行くときに泊まった三重の榊原温泉もすごく良かったなあと調べてみると、どちらもアルカリ性の単純温泉。
よしよし気をつけよう。

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九頭竜湖近くの道の駅に生息している親子。
福井は恐竜の化石が日本で最も多く出ているそうだ。
下呂から義平の伝説が残る金山町を通り、郡上八幡から越前街道を北上、美濃街道で油坂峠を越えて九頭竜湖を過ぎたあたりに福井方面からの九頭竜線の終点、九頭竜駅があり、その裏に笛資料館がある。
義平の青葉の笛のレプリカをはじめ、様々な笛が展示されている。
資料館の方に話を伺ったところ
「義平の子孫と伝えられている朝日さん(そのあたりの地名は朝日というし、古いお家なんだろう)がずっと保管されていたのですが、資料館を作るときに本物を収めるためのお社も建てるはずだったんです。
ところが専門家に見てもいますと、もう本当にぼろぼろでかなり危険な状態ということだったので、何かあっては取り返しがつかんということで本物は厳重に保管し、レプリカを展示することになりました。
本物を調べていただいたところ、鎌倉時代以前に作られた笛の特徴が良く出ているということです」
だそうだ。
時々旅行先などで感じることができる「生きた歴史」。
史実などという胡散臭い言葉で表される教科書や本の知識ではなく、代々語り継がれている「本物」だと思う。
この町では悪源太義平と村の娘との恋物語を知らぬ者などないんだろうな。
はい、こちらです。 後ろが笛の資料館。
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こんな立派な本も売っています。
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金山町の、義平がヒヒを退治してくれたお礼にと村人が源氏再興を願って建てたという祖師野八幡宮に行き損ねたので、次回はちゃんとお参りし、郡上八幡の町をゆっくり見てみたいな。

岐阜・福井旅行 その1 [旅関係]

昨年10月、『すっくと狐』に登場してもらっている悪源太こと源義平さん関係の取材旅行を決行した時のことを、忘れないうちにアップしておく。
いやもうだいぶ忘れているんだけど。

彼は鎌倉悪源太と呼ばれるくらいだから縄張りは坂東なのだが、飛騨や九頭竜付近にいろいろな伝説を残している。
今でも十分山深いところなので当時はいかばかりかと思うのだが、伝説が点々と残っているということは結構行ったり来たりしていたのね、じゃあそのあたりをなぞってみるか!と思い立ち、愛車を駆って出掛けたのでございます。
長野は黒姫高原の妹宅に一泊し、翌日は松本から安房トンネルを抜けて飛騨高山を横目に義平が勧請したという神社を回って下呂温泉泊、飛騨川沿いにちょいと下り、郡上八幡から北上して油坂峠を越えて九頭竜湖を眺めつつ福井に抜けるというルートだ。
私は車の運転が好きだ。
若い時みたいに一人で山口でも青森でも行っちゃうよ!気の向くままふらふらしちゃうよ!といいたいが、さすがに最近は時間的に無理なので、比較的近場を比較的ふらふらでよしとする。

で、肝心の取材なのだが、義平が鶴岡八幡から祭神を勧請したと言われている久津八幡宮は
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出鼻をくじかれた感あるが気を取り直して本殿へ
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本殿に蛙股のほられた鶯が鳴いたという伝説もあるのでございます。
この写真からはわからないが、境内はそれほど広くなく鳥居のすぐ前を国道とJR高山線が通っている。
でも、当時はこの何もなさそうな山の中にどうして八幡神を勧請したのかしらと不思議だったが、本を読んで納得。
このあたりはすぐ前の川から銅や鉄が取れ、製鉄が盛んだったと。
なるほど、陸奥の馬や鷹の羽同様、鐵もとても大事よね。
義平は源家の嫡男ということで、十代でもいろいろ仕事をこなしていたのだろうなーとしみじみ思いつつ、下呂温泉へGO。


いきなり一人温泉 [旅関係]

考えてみると茨城ってほとんど行ったことがないな、と思い立って予定を変更、茨城の温泉にいってきた。
奥久慈の温泉と阿字ヶ浦の温泉。
本当は五浦に泊まりたかったのだが、急だったので泊まりたいところが取れなかったのね。
奥久慈のお宿は1泊2食(バイキングね)付き6800円と破格のお値段。
なので部屋や食事に文句を言うつもりはないが、風呂も今ひとつだったのは寂しい。
お安いせいか、家族連れやグループなど客はかなり入っているので当然風呂も混む。
でもそのお宿の大浴場は10人はいればギュウギュウなぐらいの広さなので、洗い場が空いてなくて順番待ちするにしても身の置き所に困りますといった感じ。
週末や繁忙期はどうなっちゃうんだろといらぬ心配をしてしまった。
阿字ヶ浦の方は1万とちょっとで名前が「ホテルニュー白亜紀」と外観がラブホっぽい?(すみません)とガッカリしかけたが、これがとても良いお宿だった。
部屋は海に面した16畳はある和室で、食事も思ったよりずっと美味しかったし、とろとろな温泉もいい感じだった。
場所が場所だけに刺身が素晴らしかったわ。
3色つみれ鍋も美味かった。
なぜかビーフシチューが出てきたりしたが、とても満足。
どちらのお宿もスタッフの対応は非常に気持ちがようございました。
そうそう、「白亜紀」の部屋に掛け時計があって、すごく珍しいと思った。
近頃は、旅館やホテルの部屋にはひょいと持って帰れそうな時計なんか絶対に置かないでしょ。
でも、やっぱりあるととても便利。
そしてどちらのお宿でも困ったのは、寝ても3〜4時間で目が覚めちゃって、昼間に眠くなること。
これはお宿のせいではないんだけど、仕事明け直後でもないのに何故なんだろう。
帰ってきてからも畳の上で爆睡してしまったが、やはり4時間で目が覚めた。

ルートは奥久慈から袋田の滝、竜神峡、笠間稲荷、阿字ヶ浦。
帰る前に阿字ヶ浦から大洗の水族館に寄ろうと思っていたのだが、急に足が痛くなったので諦めた。
例の右足踵からくるぶしあたりの痛みで、足が付くたびにびびっと響くのね。
帰ってきたらもう痛くないんだけど、困ったもんだ。

ホテルニュー白亜紀の隣は酒列磯前神社。
さかつらいそさき、と読む。
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創建が9世紀という歴史ある神社だ。
参道も大きな椿の木があり、神域としての年月を感じさせ…、ん?あれはなんだ?
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わかりにくいかもしれないが、
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「海」という看板だ。
お休み処か喫茶店?と近寄ると
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海への近道はこちら、というただの案内板だった。
確かにわかりやすいけどさ、参道の良い雰囲気をぶちこわしている気がしなくもないんですが。
この境内を歩いていたら足がものすごく痛くなったんですが、私はなにかお気に障ることをしたのでしょうか、少彦名命さま。

以下、レスです。

続きはこちら


忘れないうちに。(追記しました) [旅関係]

カモを待つ興福寺境内の牡鹿ども。
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6月8日は奈良国立博物館の大遣唐使展、興福寺国宝館と東金堂。
東大寺が近いこともあり、国博付近は人だらけ。
当然、大遣唐使展も混んでいた。
平日であれでは、週末は考えるだに恐ろしい。
印象的だった展示物は7世紀ごろの革だか布だかの帯につけられた、帯の穴に通すタイプの石のバックル、いや、留め金具。
今のものと変わらない。
アジアの帯は結んで留めるものだという先入観があったし、バックルはヨーロッパあたりで比較的最近作られたものと思ってましたよ。
遣唐使とは関係ないけど、常設展示らしい個人の古代中国の青銅器コレクションもとても面白かったわ。
そちらは空いていてゆっくりじっくり見られたが、あそこまで全然人が入っていないとなんとも勿体ない気がしたよ。
混んでるだろうなー、あそこには大スターの阿修羅くんがいるからなー、でもレイアウトが変わってからいってないから見てくるか…と覚悟していった興福寺国宝館は思ったほど混雑していなかった。
私が初めて阿修羅像を見たのは高校の修学旅行の時で、そのときはガラスケースもなく結構無造作に置かれていて、後にも回ってみることができたっけ。
まじまじと見ていると口元にヒゲが描かれているのに気がついて驚いたものです。
なんか、ほら、ヒゲ生やしているイメージじゃなかったから。
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四半世紀かけて行う整備事業、しかも第一期。

お昼は「ごはん屋」で鱧のフライの定食。写真取り損なった。

HPが回復したし、曇り気味でいい感じなので今日のうちに平城宮跡会場にいってしまおうと、JR奈良駅から無料のシャトルバスに乗り込む。
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いや、広いのは知っていたけどさ、何もないだけにバス乗り場から第一次大極殿までがすごく遠く感じてしまう。
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その第一次大極殿から朱雀門を見ると、こう。
門の手前を走っているのは近鉄。
ピーカンの日は地獄のように暑い、いや熱いぞ、きっと。
夏に行かれる方、ご注意ください。
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第一次大極殿の中はこうなっている。
写真撮影はOKだがフラッシュ禁止。
真ん中にあるのは天皇の玉座である高御座(たかみくら)。
見事な柱が44本。これだけの木を探すのは大変だったろうなー。

晩ご飯は生ハムとモツァレラチーズのパスタ。と、赤ワイン。

9日は安倍文殊院と飛鳥資料館のキトラ古墳四神壁画特別公開。
安倍文殊院は桜井駅からそう遠くはないのだが、そこからバスで飛鳥に抜けようと思っていた私は3時間を安倍晴明生誕の地(らしいぞ)で過ごすこととなる。
だってバスが1日4本しかないんだもん。
さて、ここのご本尊は文殊菩薩さま。ふだんは獅子の上に座っておられるのだが平城遷都1300年にあたり、衆生により近づかんと獅子から降りてこられました。
といいたいところだが、40年ごとに菩薩像を降ろして点検修理しているのだとか。
今年がちょうどその年なので特別公開を決めたそうだ。
こんな感じです。
文殊菩薩さまと間近でご対面したあと安倍晴明が天文観測をしたという展望台で、バスの時間まで小1時間ぼ〜〜〜っとお山を眺める。
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この写真には写ってないけど大和三山も望める。
日が沈むころがとてもよさそうだ。 

キトラ古墳の四神の壁画は思いの外小さく、状態もかなり悪そうだった。
カビってしぶといからなー。
この四神と天井の星座に護られて、いったい誰が眠っていたのだろう…などと古代に思いを馳せつつ臨時バス乗り場に赴くと、ロマンも吹っ飛ぶ混み方だった。
そうよねー、ほんの1ヶ月の公開だもんね。臨時便が結構出ているし、乗り場に日よけのテントがあるだけ良しとしなくちゃねーと待っていると係のおじさんが「事故で道が通行止めのためバスが遅れます。いつ来るかわかりません」  やれやれ。
きっと飛鳥はレンタサイクルで回るの一番だ。

晩ご飯は旬の野菜とヒレカツの黒酢ソースかけ。
肉、久しぶり。とても美味しかった。

ホテルで借りたフットピロー、大活躍。


奈良蒸し暑い  (追記しました) [旅関係]

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片道6000円の新宿発京都行き夜行バスは座席が3列、カーテンつき、リクライニングもばっちり、なのに振動がもろに伝わってきて寝られなかったのは座席の位置が問題だったのだろうか。
特に新宿から横浜までの高速は、リズミカルにガッタン…ガッタン…ガッタン…とずっと揺れ続け。
アレは何だったんだろう。
今時の夜行バスは安いものなら3000円で関西に行ける。
因みに昔ずいぶんお世話になったドリーム号は現在、スタンダードなら東京ー京都間で閑散日なら7000円、繁忙日は8180円。
ドリーム号にプレミアムやらエコやらレディースやら青春やらあるとはびっくりだ。
参入会社も増えた高速バス、がんばってる。

京都に朝6時過ぎに着き、ご飯食べて奈良ホテルに荷物を預けて唐招提寺に着いたのが9時前。
人出は多かったけれど、スムーズに鑑真和上座像に焼香できた。
今日が特別拝観最終日だし、土曜日に参拝した友達が2時間待ちだったと聞いてびびっていたのだが、早めに着いたのがよかったわ。
東山魁夷画伯の障壁画と襖絵は圧巻だった。
薬師寺の平山郁夫画伯のシルクロードの絵もすごかったのだけど、保存のためガラス張りでライトに照らされているそれより、お堂の中で自然光で見る東山さんの絵の方が、よりすばらしく思える。
あくまで展示というスタンスの絵と、お堂の一部となっている絵の違いかな。

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薬師寺大講堂の裏にずらりと並んだ蓮の鉢。
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平山画伯の絵が奉納された玄奘三蔵院伽藍から見た薬師寺白鳳伽藍。
東塔西塔ともに特別に開扉されていて内陣が参拝できた。
左に見える東塔は、今年の秋からの解体修理のため覆いを掛けられ10年近く見ることが出来なくなるとか。
唐招提寺も10年かけての大改修だったもんね。
いつかは消えていくものだとしても、奇跡のように残った建造物と世界に類を見ない技術、末永く伝えていけるといい。

朝早くから動いていたので、奈良駅に戻ってきたのはお昼過ぎ。
ホテルのチェックインは3時から。
疲れたので早くホテルに入りたかったのだが、仕方なく猿沢の池のベンチでぼーっとしていた。
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「澄まず濁らず出ず入らず、蛙はわかず藻は生えず、魚は七分に水三分」亀だらけ。

チェックインして、まずやったことは洗濯
曇っていて歩くには楽だったけれど、湿度が高く蒸し暑かったので、全身ベタベタだ。
ずーっと座りっぱなしの仕事の後に夜行で来て、いきなりガシガシ歩いたので足がむくんで靴下の跡がくっきりだ。
ホテルで借りたフットピローは実に良い塩梅だった。


桜三昧 その2 [旅関係]

15日から一気に冬に逆戻り。
16日に冷たい雨の中『薔薇とサムライ』を見に行ったのだが、舞台の上で橋本じゅんさんが「雪が降ってんだよ! ほんとなんだよ! 雪降ってんだよ!」とアドリブかましていた。
お芝居が終わって、友人達をご飯食べたら終バス逃して、タクシー待ちの列に並んでたのだが、家の人を迎えに来る車たちの屋根はことごとく白かった。
家にたどり着いたら自分の車の屋根も白かった。
黒姫では積雪があったとか。

その15日、伊那谷もめちゃめちゃ寒かった。
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昼間の大西公園。ご覧の通り誰もいない。
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大西公園からの眺め。泊まったお宿がぽつんと見える。
なぜ公園にこんなガレ場があるのかというと、 大西公園は昭和36年に大雨で大西山が崩落した跡地に作られた、42人の犠牲者の慰霊と村の復興を願って築かれた公園で、そのときの岩とかがそのままになっているのね。
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観音様もおわす。
そのうしろの山肌は、まだ生々しい。
大西公園はまだまだ拡張予定で、桜も植え続けるそうだ。
水脈がなく、なかなか根付かないそうだが、もっと増えていくといいね。

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光前寺は混んでいた。
この山門の向かって右側と、ちょっと手前の左側に駐車場があるのだが、もう大混雑。
大型観光バスが列をなしていたが、やたらでかいバスで狭い道に入るのって何だかなあ。
普段はいついっても人気のなかった境内が、大盛況だった。
7年ごとのご開帳で、いつもは入れない内陣に入ってお参りした秘仏のご本尊不動明王さまは思いの外小さくて、お顔とか細かいところ間ではよく見えず残念。
ご印文を頂戴したので極楽往生できるかな。
この7年というのは小開帳で、大開帳は61年に一度だそうだ。
どこがどう違うのかしら。
7年ごとの諏訪大社の御柱も今年だし、前日泊まった赤石荘がある大鹿村の神社も諏訪大社の末社なのでやはり御柱祭が行われる。
切り出した御柱を引いていく神社がかなり高いところにあるので、4時間ぐらい掛けて引き上げるのだそうだ。
慢性的人手不足なので、村外からの参加大歓迎だとか。
酒も大盤振る舞いなので、最後にはみんなべろんべろんらしいが、今のところ死者は出していないって。
見てみたいけど、4月25日は修羅場の真っ最中。
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光前寺の三重塔と霊犬早太郎の像を撮る妹。
塔の裏には早太郎のお墓がある。
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鐘楼と見事な桜。
右下の赤い服の人との対比で、その大きさがわかるというもの。
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境内にはしだれ桜が多い。

本当はこの後、中央アルプス駒ヶ岳ロープウェイに乗ろうと思っていたのだが、雨がどんどん激しくなるし、やまなんて全然見えないし、というので今回は諦めた。
今あがっても、2600メートルの山頂駅は雪しかないさと自分を慰める。
14.5年前の4月、ひとりで高遠の桜を見て光前寺にお参りして、ロープウェイで千畳敷に上り、雪の中に頭だけ出ていた鳥居をベンチだと思って、お社に尻を向けて座った罰当たりはワシですが。
お社も埋まっていたので、そこに神社があるとは露ほども思わず一息つき、ふと目にとまった木の箱に「浄財」と書かれているのを見て青くなったのであった。
懐かしい思い出です。

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まっすぐ帰っちゃうのは惜しいと寄った、同じく伊那の中曽根の権現桜。
五分から七分咲きというところかな。
この桜もそうだが、古木巨木にはエドヒガンが多いみたいね。
長寿の樹は当然幹も太くなる。
すごい迫力だ。

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これはおまけ。岐阜、根尾谷の淡墨桜。推定1500歳。
妹が4月9日あたりに見てきた超がつく有名人。
やはり幹が圧巻だ。
人が少ないのは早朝だから。
妹たちは黒姫を夜中の2時に出発したそうだ。すごいぞ。
有名な桜をいい時期に見るには、このぐらいの意気込みがないとイカンですね。
私もいつか早朝6時ぐらいに到着するよう出発して、拝みに行こう。


桜三昧 その1 [旅関係]

先日、妹を拾いがてら桜を愛でてこようと長野に旅立った。
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これは黒姫高原から見た妙高山。
ちょっと前までは頂が見えたのだが、あっという間に霞んでしまった。
まず高遠にいって桜を見、光前寺で7年に一度ご開帳という秘仏を拝んでこようという計画だ。
朝、雪がちらついていたが、出掛ける頃にはいい天気。
きっと混んでいるだろうなーと高遠城趾公園の下の無料駐車場を狙うことにした。
大正解。
私は高遠には何度か行っているが、これほど人でぎゅうぎゅうの高遠は初めてだったわ。平日なのに。
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この写真だとたいした人出ではなさそうだが、人気スポットは年末のデパ地下のようだった。平日なのに。
目立ったのが大型観光バス。
たぶん、ここ数年でどーんと増えたのだと思う。
桜は花の時期が短いからねー、集中してしまうのは仕方がない。
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これは城趾公園から見た南アルプス方面の眺望。

その日のお宿に行く途中の峠でもテレビの威力を見せつけられた。
分杭峠というところだ。
途中にやたら「駐車禁止」「ゼロ地場」「シャトルバス」等の看板があるのだが、いったい何があるのだろうと思っていたら、何かがあるわけではなく逆に「ない」場所なのだそうだ。
昨年秋にテレビで「健康によい『気』が発生するゼロ磁場である」と取り上げられたら細い山道でにっちもさっちもいかなくなるほど車が押し寄せ大渋滞という困ったことになってしまい、伊那市は以前の駐車場を閉鎖し下の駐車場からシャトルバスを出すことになってしまったという話をお宿の30代の専務に聞いた。
私たちが通ったときはそれらしき人はほとんどなかったが、週末になると混むのかな。

その日のお宿は小渋温泉「赤石荘」。
ここはほんとお値打ちの宿です。部屋にトイレがないといやという人はダメだが。
いい温泉だし、食事もね、ものすごく一所懸命考えているんだなというのがわかるのね。
在り来たりな山菜の煮物和え物鍋物は出てこない。熱々の天ぷらは出たけど。
地元でとったという鹿肉はすばらしく美味しかった。
許可を得て罠をしかけているそうだ。そして、必ずかかるそうだ。
1200人ほどの大鹿村の人口の4倍ぐらいは生息しているそうだ。
話を聞いていると、村おこしを楽しくがんばっている感じが伝わってきて、こちらも応援したくなる。
そんなお兄さんだった。
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そのお兄さんが運転するバスで、有志で夜桜見物にいった。
3000本のソメイヨシノが植えられている大西公園のとても広い駐車場には数台の車が止まっているだけだったが「昨日は誰もいませんでした。かわりに鹿が20頭ぐらいいましたが」とおにいさん。
もしかして、すごい穴場なんじゃないの、大鹿村の大西公園。
お近くの方は一度行かれてみてはいかがでしょう。

以下はレスです。

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ぐるっと関西 その2 [旅関係]

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関西話の続きです。
今年はTのちゃんの甥御さんが受験なのでママと京都の北野天満宮にお参りに行くというので、私もついて行った。
錦小路でお昼を食べたのだが、ものすごく久しぶりなのでだいぶ変わっていたわ。
相変わらず昔からのお店が多いのだけどいろいろ改装したところもあり、食事の出来る店が増えている気がする。
写真はもちつき屋の白みその雑煮と磯辺巻き。もち専門店だけあって、とても美味しかった。
白みそは実は得意じゃないんだけど、お餅と相性がいいよね。
錦小路は歩いていると惹かれるものが多すぎて困ります。
その日のうちに帰るなら、あの立派な焼き鯖を買って帰りたかったわ。
天神さんにお参りし、まだ時間があるというので仁和寺へ。
その日は成人の日で祝日だったのだけど、仁和寺は人もまばらだった。
桜の頃以外はあまり混むことはないのかな。
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またゆっくり京都を回りたいなあ。

翌12日は総勢5人で十津川温泉に行った。
大和八木でレンタカーを借り、そこから十津川まで約3時間。
奈良、和歌山、三重は思いのほか山が深い。
八木駅から十津川温泉を経由して、和歌山の新宮駅まで路線バスが1日3本運行しているが、なんと6時間半かかる。
運賃は5千円強。
十津川温泉までだって4時間。
調べてみてビックリだ。
バスにトイレがついているのか気になるところである。
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その途中にある、日本一長い谷瀬の吊り橋。長さ300メートル弱。
一度に20人以上渡ってはいかんそうだ。
いい感じで揺れます。
当日泊まった十津川温泉のお宿は温水プールもある。足湯もある。野猿もある。野外ステージも多目的広場もあるいい感じのお宿だった。
なのに私は温泉に計1回浸かっただけだった。
その日にいきなり月のお客様がいらしたからだ。
超予定外!
朝寝坊ののろいがこのあたりから雪だるま式にふくらんでいった気がする。
なぜワシらが山深き十津川温泉に泊まった日から「この冬一番の冷え込み」が始まるのだろう。
せめて1日ずらして欲しかった。
車は5人乗り1500ccたぶん後輪駆動ノーマルタイヤ。
レンタカー屋のおっさまは「雪が降ったら気をつけてくださいね。ノーマルタイヤですから。くれぐれも注意してくださいね」と繰り返し言っていたっけ。
山だもの、雪ぐらい降るさ。
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翌日、途中にいい感じの滝があるらしいから寄ってみましょうと笹が滝にたどり着いたときはせいぜい風花だった。
ぶちくそ寒いけど気持ちいいねーなどと言っていたこの頃が花だった。
谷瀬の吊り橋を過ぎ、何とかやっている店を見つけてお昼をいただいたころには本格的に降り出した。
「道に積もってないからだいじょうぶですよー」「そうですよねー」と店の人と言葉を交わし、あとは大和八木に帰るだけと走り出したはいいが、見る見る間に道は真っ白になり、ちょっとの登りでもタイヤが スリップスタックし始めた。
見ると前には何台もの車が同じようにツルツル難儀していた。
引き返すしかないと思ったが、引き返してそこからどうやって八木に行けるのか皆目わからない。
前をバンで滑っていたお兄さんが「田辺まで下ってそこから大阪に戻るしかないなあ」と教えてくれた。
田辺って南紀白浜近くの田辺ですか?  この車、大和八木に返さなあかんのですが。
「レンタカーなら大阪のどこかに乗り捨てできるんと違う?」
どうやらぐるっと回って大和八木に行くにはものすごく時間がかかるようだ。
この時点で午後3時ぐらいだったかな。
営業所に電話して訳を話し、結局大阪の阿部野橋の営業所に返すということになった。
私以外みな大阪在住だし、ざんざん雪が降る中もう帰れれば何でもいいわという気分だった。
私以外…。
実は私だけその日、近鉄で大和八木から鳥羽方面にちょいといった所の榊原温泉に宿を取っていたのである。
そして翌日名古屋に出て帰ろうという算段だったのだ。
遅くなっても宿にたどり着ければいいやという甘い考えは、前日泊まった十津川温泉を過ぎる頃には諦めに変わり、そのとき助手席にいたTのちゃんに代わりに宿に電話をしてもらうと「本来なら当日のキャンセルは宿泊料100%いただくのですが、事情が事情なので結構です」というありがたいお言葉。
そして親切なお兄さんは一緒にズルズルくるくる滑りながら途中まで案内してくれた。
田辺までだいぶ下った当たりでふと見ると「熊野本宮」の表示が。
熊野って、あの熊野ですか!と4時過ぎて人気のない暗い本宮に力一杯お参りし、みな八咫烏のお守りやら勾玉やらお札を購入。
図らずも熊野に詣でてしまうとは、ほぼこのメンバーでヘルシンキに行くはずが、飛行機が火を噴き予定にないコペンハーゲンで2泊する羽目になった昔のヨーロッパ旅行並のサプライズだ。
招いていただいたのなら、それはそれでありがたいということで星がきれいだねーと大阪に帰ってきたのが10時過ぎ。
夕食はサービスエリアの自販機のチャーハンだったが、思いのほか美味しかったわ。
走った距離は460キロ近く。
予定通りに行けば150キロぐらいの所を、えらい大回りをして帰ってきたわけだ。
私は山でちょっと運転しただけで、あとはTのちゃんがハンドルを握っていたので、さぞストレスが溜まったろうな。
いや、お疲れ様でした。
後ろに乗っていた人たちも、きっと怖かっただろう。
無事帰ってこられてほんまよかった。
榊原温泉はいつか必ずお礼も兼ねて再挑戦したいです。
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これはレンタカーにへばりついてた大雪の名残。
ナンバーを見事に隠している。


ぐるっと関西 その1 [旅関係]

留守の間、携帯で日記を更新しようと思っていたのだが、怠慢の虫に負けました。
ぢつは今回の旅行はいろいろナニで、書くネタには全く事欠かなかったのに。
最初の朝寝坊がいけなかったのか?
いや、楽しい旅行だったんだけどね。
焦っていた私は京都でMずとさんと待ち合わせ!と頭で考えながら新大阪までの切符を買っていて、それに気がついたのは新感線の中だった。
結局時間的にもどうよという感じになったので、伏見稲荷詣でを諦めてホテルに直行し、ご飯を食べに行く。

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久しぶりの道頓堀で、ぐりことかいげんのネオンがいい感じで撮れたので。
ぐりこのおにいさんてこんなに若かったっけ?
この日はイベント前日だから、9日だね。
久しぶりに「ぷち・ローザ」でMずとさんと晩ご飯。
色味が綺麗に撮れたのをアップ。
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上は海老と帆立のフリカッセ サフランクリームソース、下は牛肉の赤ワイン煮。
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エスカルゴとキノコのガーリックバター焼きもすばらしく美味しかった。
Mずとさんが頼んだトウモロコシ豚のアーモンドチーズ焼きも美味しかった。
そしてここはパンとバターがうまいんだ。りんごバターとレモンバターが。
そんなお店は実に危険なのである。
帰りは苦しくて、反っくり返って歩きながら「数年前も同じように歩いて腹ごなししてたよねー」としみじみと回顧する。
翌日10日のシティは盛況だった。
スペースに寄ってくださった皆様、ありがとうございます。
その日は友達のTのちゃん宅に止めていただく。
うぐいすママもTのちゃんも料理がうまい。
夕飯の手伝いで数十年ぶりに餃子を包みながら、うちの母が昔作っていた不思議な餃子を思い出していた。
まずかったなー、あれ…。
母も、毎回なにか変だと思いながら作っていたらしい。

おっと、そろそろ風呂に入って出かけなきゃいけないので、続きは帰ってから書きます。
関西から帰ってすぐに元マン研の集まりとイベントがあり今日明日も出掛け、20日には手伝いが来てしまうが、ただいま絶賛ネーム中。

以下、レスです。

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日曜日に軽井沢に行くなんて…。 [旅関係]

比較的時間が自由になる漫画描き故、休日祝日に観光地に行くということはめったにない。
故に日曜日の軽井沢の混み具合なんて見当がつかない。
アウトレットは間違いなく込み込みだろうけど、ほかの所ってどうなんだろう。
いえね、8日はりんごの受け渡しと河村目呂二が目的で出かけたのだが、混む前にいっちゃえ!と朝早く家を出たら思いの外快調に軽井沢に着いちまいました。
待ち合わせは追分に1時、今は10時過ぎ。
で、旧三笠ホテルを見に行った。
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外観はこんな感じ。 別名、軽井沢の鹿鳴館。
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いかにも何か出そうな廊下。
2階の1,2号室当たりはホントに何かが出るらしいぞ。
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妙に明るいトイレ。 使用した不届きなヤツがおるのか…。
作られた当時からトイレは水洗だったらしい。
寒々としたバスが印象的で、いや、実際かーなーりー寒かったろうなと猫足バスタブを見つつ思ったのだが、夏に避暑に来るのが目的なら問題はないのかな。

何十年ぶりかで旧軽銀座にいったら、当たり前だがものすごく変わっていた。
以前からジャムの店は多かったが、蜂蜜の店ってこんなにあったっけ?というほど全国の養蜂家が出店している。
蜂蜜好きにはとても楽しいのだが、ありすぎると選ぶのに困るねえ。
そして目的の『ねこや鈴彦』さんは閉まっていた。
日曜なのに定休日なんてことないよね。 がっくり…。

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お昼はこじゃれた「野菜がおいしいレストラン」でいただく。
またうっかり写真を撮り損なった。
信州サーモンのポワレが美味しかったし、見た目にも綺麗だったのに。
そんなわけで写真はデザートのみ。
サラダのトマトが激烈美味だった。
野菜って、こんなに味が濃いんだ!と再認識させられました。

行きはよかったけど、帰りは事故渋滞に巻き込まれて散々だった。
連日の疲れが出て死ぬほど眠かったんだけど、渋滞中ではなかなかパーキングにも寄れないし、後ろでは行って帰るまでずーっと寝ていた0田さん、隣には船をこぐ妹がいるし、マジでやばかったよ。
ちょっと流れがよくなったところでサービスエリアに入り仮眠を取ったのだが、全然すっきりしなくて困った。
もう目がね、全然ダメで、瞼ってこんなに重いのね…と年老いた自分を再認識したさ。
ヨロヨロと家に着いたら、ようやく緊張感が脳みそに伝わったのか眠気が吹っ飛んでしまって、なんで今頃ギンギンなんだと恨めしかったわ。
仕事明けすぐの運転はスリル満点過ぎて笑えないから、極力避けた方がいいとわかってはいるんですけどね。
次は平日にアウトレットに行ってみるか。


義の塩! [旅関係]

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上越高田の味噌屋で売っていた塩味の「勝鬨飴」
飴と言っても「みすず飴」のようなゼリーだ。
うすら甘じょっぱいだけの自己主張をあまりしないシンプルお菓子だ。
私は甘じょっぱいものが大好きだ。
味噌味も買ってくればよかったな。
それにしても、いかにも後から付けましたな『愛』が涙を誘う。
大河ドラマのおかげで『愛』をつけると売り上げが違うのかしら。

高田は桜と蓮が有名な、小さい静かな城下町だ。
正しくは上越市なんだけど、高田市と直江津市が合併して出来たのが上越市で、高田、直江津という地名は残っている。
ややこしいことに、上越新幹線は上越市を通っていないし、上越国際スキー場はコシヒカリで有名な魚沼の方にある。
魚沼の上越スキー場に行こうと思って天地人の上越市に来ちゃって「スキー場はどこですか?」と途方に暮れた気の毒な人たちの話を聞いたが、合併後の地名についての行政のセンスはいかがなものかと思う。
上越だの西東京だのさいたまだの、どこからも文句が出ないようなつまらない名前しか選べないなんて、お気の毒だわ。

そういえば、南セントレアってあったよね。
合併後の市の名前を一般公募したのだが、公募になかったこの名前に決めようとして住民だけでなく全国的な批判の嵐に、合併計画自体がお流れになっちゃったヤツ。
この名前をプッシュした方々は、住民がこの名を喜んで受け入れるとマジで思っていたのだろうか。
どなたが考え出したのか、とても知りたいところである。

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